商業地が発展するためには集中することが大切

比嘉 静子様

比嘉 静子様

波瀾万丈

やんばる、東村で育った比嘉さんは学校を卒業後、与那原の親戚を頼って小さな店の手伝いを始めた。比嘉さんは言う。「自分は小さかったし、なんでも食べていかなければいけなかった。やんばるに連れ戻されない様に店から前借をし、母へやんばる船の乗組員に託してお金を届けてもらった。戦後の混乱期には、与那原から、遠く那覇や南部まで行商のようなこともして働きました。40銭で仕入れたお茶を那覇まで持っていって55銭で売ったりしてたんですよ。」

苦労の甲斐あって20年ほど前には国道58号線沿いにビルを建設、宇地泊地区にも何筆かの土地を、区画整理の換地にあい活用されることになる。

 

弁護士の相談

「ジョイントさんから土地活用の話をもらった頃、既に子供たちには、アパート建築の話や売却の話しが沢山あったんです。私はビル経営はいくつか行っていましたし、土地は残しておきたかったですので、又借り入れをして建物を建てても、借り手がずっと100%借りてもらえるかどうか不安でしたので、ジョイントさんに借りてもらって全てをお任せする定期借地権に決めました。定期借地権については分からないことが多かったので、色々調べましたし、最終的には弁護士の先生に相談して決めました。」

比嘉さんはその頃のことをこの様に述懐する。この土地にジョイントが建物を建て、全国チェーンのショップが入居したのは平成16年のことである。

 

商業地と街づくりについて

「これからの商業地は、大きな駐車場を確保できる敷地があることが一番だと思うし、発展するためには、施設が集中しなければいけない。」又、「繁盛するのは10年ほど。その後は中身を変えていかないと続かないと思う。」と比嘉さんは言う。

戦後60年の沖縄を見てきた経験から来る言葉には圧倒されるほどの重みが感じられる。

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